本当に有った話です。

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岩崎さん、

夜中に渋谷で財布を落とした。
翌日土曜日の夕刻、コンビ二でそのことに気づいた。

たぶん、自転車に乗るときにポケットからおちたんだと思う。
翌々日、日曜の昼頃、携帯電話に公衆電話こから着信があり、財布を拾ったとのメッセージが残されていた。

二回目の着信でようやく会話ができて、1時間半後に並木橋の交差点で会う約束取り付けた。

交差点に着くと競馬が終わったばかりで歩道はおじさんたちに溢れていた。

どのおじさんでも電話の主に見える。約束した時間になっても電話の主は現れなかった。

1時間過ぎて諦めかけた頃、交差点の中心に向かって太陽の光を反射して光るクレジットカードをかざしている人が対面に現れた。

急いで駆け寄り声をかける。

その人が岩崎さんと名乗って、「ここじゃなんだから」と近くの並木橋児童遊園地へ案内してくれた。

公園には「雇用保険見直し反対!」と地面全体を使ってきれいに盛られた砂文字があった。
彼の"作品"らしい。そばで子供たちが遊んでいたが、彼らがその盛り砂を蹴って崩れるたびに「オレの作品、壊すんじゃねーぞ」と岩崎さんが注意するので、そのうち、ばつ悪そうな顔をしていなくなった。

彼の住処の前、ブランコの柵に座って、拾った経路、なんで連絡をくれなかったか、いままでの人生の話、これからやろうと考えている仕事、実兄との関係などをとめどなく聞いた。

お礼をしようと唯一家にあった五千を渡そうとしても、「札はいらない。そういうつもりで連絡したんじゃない」の一点張りで、受け取らない。

それなら別の形でお礼をしたいとしつこく迫ると「じゃ久しぶりにカラオケに連れてってくれよ。

酒持ち込んでも怒られないところあつから。いつもここにいるから、時間あるときに来いよ」と。
あらためてお礼を言い、その日は別れた。

翌週台湾出張から戻った僕は、お土産に鶉の卵の燻製とお酒を持参して公園に行った。岩崎さんはいなかった。

それから公園のそばを通るたびにのぞいてみたが、岩崎さんがいることはなかった。

そのうち公園は改装工事の囲いで覆われ、誰も住んでいない、ピカピカの公園になっている。
東京都・田阪正樹